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ネーデルとイングと日本

2009-10-20 | 00:32

10月20日 火曜日

こちらは造船と奇襲と鋳造のために雇った副官ヴァレリーです。

ヴァレリー

見事に育ってませんね
奇襲はもう少しなのですが鋳造と造船はまだまだです。
造船は海事46まで上げないと覚えないのでながいですね。。
素直にイゴールにすればよかったかな。。






ネーデルとイングと日本

ネーデルラントが海上帝国まで成り上がった後、イングランドと対立して
衰退していったのは知っていました。
なぜ覇権とったのにすぐ衰退していったかを知りたかったので簡潔にメモ。

ネーデルがスペイン支配から独立勝ち取ったりと17世紀は、
ネーデルの世紀と呼ばれるほど大国になっていった。
その背景には、中南米から大船団率いて持ち込まれる大量の銀や、
アジア産の香辛料や絹織物、自国の毛織産業、
そして当時世界の船の8割のシェアを誇った造船技術があり、
その経済システムと文化の質は外国からみると想像を絶するものだった。

当時ロシアの大帝ピョードルが身分偽り、潜入。
船大工として4ヶ月間修行したというほど飛びぬけていた。
(楽しそうだからロシアはまたいつか調べよう。)

ネーデルはイングランドとお互い自然な友人であり、同盟国であるとしか考えていなかった。
実際巨大なスペインという国の脅威に立ち向かうため肩並べて戦った。
両国は共通の脅威、政治利益、歴史、と同じ道を歩んでいたのです。
なぜ対立してしまったか。。
それは商売と政治は違うという事。

イングランド側の商売上の嫉妬が主な理由だそうです。
同じ道を歩んできたのに、ネーデルは世界貿易の覇者。
イングランドはどうやっても追いつけなかったそうです。
ヨーロッパでは30年戦争時代で戦争の連続で国民が窮乏し飢えている時に、
ネーデルでは労働者でさえ給料の30%で必要な量のパンが買え、
それ以外に肉と酪農品をふんだんに食べていた。
贅沢禁止令もしばしば出されたほどみたいです。

ではそれほどの国力持ちながらなぜ衰退したか。
それは豊かさによる国防意識の低下と、間違った反戦思想にあった。
表している有名な言葉で「アムステルダムは現在の平和の果実を楽しむものであり、
それは軍隊を維持するのならば不可能となる」
そして「経済の中心にいれば、戦争もしかけてこないだろう。」
つまり平和を維持するために軍隊は維持できないということですね。

こういった道徳的孤立主義をとったために同盟国からは軽視され
同盟関係そのものを否定する論理につながってしまった。
ネーデルも相応の軍事力を維持していたら、戦争を回避できたかもしれなかったのに。。
平和を求めた結果、平和を無くすことになったという事でした。

一言でいうと豊かさによる平和ボケですね。。。

なんだか今の日本に似ているような・・・

アメリカからの情報統制や戦後教育などで日本は骨抜きにされたのは事実です。
しかしその裏で経済大国になれたのはアメリカとの同盟がなければ成し得なかったはずです。
間違った反戦思想で当時のネーデルと似て、国防についての意識が低すぎですよね。。。
唯一の被爆国だから核の議論さえしてはいけない。。米軍第7艦隊だけで充分。。
治安維持のためのインド洋給油活動反対や中止。。などなど
明らかに日本は道徳的孤立主義走ってますね。。。
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